腕時計をもらった話
クリスマスプレゼントに洒落た腕時計をもらった。
文字盤が艶消しした臙脂色で、銀の文字が時間を教えてくれるいい感じの時計だ。
もらってウキウキしながら付けてみると、30分ほど経った頃、時計がチックタックと動く音が気になり始めた。
例に漏れず、典型的な現代っ子である私なので、普段時間を見るのはスマホやpcのデジタル時計。
唯一成人する時に買ってもらったSEIKOの就活用フォーマル時計は超静か。
久しぶりに時間を刻むタイプの時計と過ごすことになる。
これが案外落ち着かない。
なんたって、自他共に認める、いや、認めてもらえるほど他者が近くにいないが、自堕落な私である。
この、時間過ぎて行ってますよーを主張する物体にほんのりストレスを感じてしまう。
時間なんて無駄にしてなんぼである。
YouTube大好き、TVer大好き、AmazonプライムVideo大好き人間である。
去年一年、時間を有意義に使った記憶がとんとない。
そんな人間である。
しかしまあ、そんなふうに時間の過ぎ去る様を主張されてしまっては仕方ない。
去年よりもしっかりめに1秒1秒過ぎていくのを感じながら生活していくことをここに一応、メモしておこう。
ああ、まだまだぐうたらしていたいんだけどなあ。
シリーズ物作品の5作目をいきなり買う或る大学生の記録
プログラミングの言語解説本を買おうと購買に行った。
一通り書棚を確認して、いや、欲しかった本がないから後でAmazonで買おうと断念し、せっかく購買に来たからと一般書籍の棚も見てみた。
コンピュータ理工学科単科という多いに偏った属性の我が大学の一般書籍のコーナーは、なんと恐ろしいことに幅1メートル、4段の棚のみで、うち3段は数学がどうの物理がどうのとおおよそ純粋に小説作品として読みたい気持ちにならないようなラインナップであった。
そんな書棚にある、お、これは小説だな、と思えるような本。
まあ、こんなに狭いスペースしかないからお察しであるが。よくわからないような洋書ものが十二、三冊。聞いたことあるようなないような日本人作家の聞いたことないタイトルの文庫本が二十冊ほど。果たして彼らはいつからここにいるのだろう。
そうなってくると、なんだか一冊くらい買って読んでみたくなる気持ちがむくむくと湧いてくる。
特に考えもせずに、隙間の目立つ小説の棚の、隙間が目立つ故に微妙に裏表紙が見える一冊を手に取ってみた。
タイトルは「エジプト十字架の謎」。
こんなところにある割にはちょっと面白そうな気がする。私はエジプト、とか十字架とか、そういう言葉にワクワクしてしまうタチである。
本をひっくり返してみてみると、後ろの説明文に〈国名シリーズ〉第五弾、と書いてある。
さて、第五弾ということは第一弾からあるかと思ってしまったが、書棚に並ぶ冊数と、ぞんざいに確認した作家名からして連作の他の本はない。
そして、よくよく値段をみてみると、なんとすれすれ四桁円である。別にいいのだけれど、なんだか文庫本の体裁の本に700円以上出すのはちょっと切ない気分になる。
別に一度手に取ったからと言って必ず買わなきゃならんというわけでもないことは重々承知だが、最近紙の本を読んでいないこともあって、まあ買って読んでみるか、とそのままレジに行き、購買のおねーさんがレジスキャンして「1100円です」というのにちょっとショックを受け(消費税分を忘れていた。余計に切ない気持ちになってしまった)、それでも大人しく万札と100円玉でお支払いをし、すごすごと購買を後にした。
向こうの方は晴れているけれど自分の上には重たい雲がかかっている寒空の下、微妙にポケットのサイズが気にくわないダウンジャケットに手を突っ込んですごすごと家に帰ってきた。
ちなみにこの文章を書いているのはまだ買ってきた本を読む前である。これから読む。
以上。
新蕎麦にハマる
新蕎麦が非常に美味しい季節です。
先日、大学のサークルメンバーで蕎麦を食べに行くツーリング企画があったのですが、すっかり新蕎麦にハマってしまいました。
思い返せばまだ赤いランドセルを背負った幼き日、私は薬味のネギが好きな変わった嗜好をしていました。
今でもネギは好きですが、それに加えてワサビの美味しさにも目覚めてしまったのです。
冷たいお蕎麦にワサビをちょんと乗せて、濃いめのつゆにさっと潜らせずずっとすする。アクセントにネギの食感がシャキシャキと。なんて素敵な食べ物でしょう。
今年はコロナの影響で、お店によっては蕎麦湯を出していないところもあるようですが、今日行ったお店はどろっと蕎麦粉が沈殿した素敵な蕎麦湯もくださいました。
おかげで食べ終わった直後はそこそこポカポカでした。
今日も今日とて、外気温計が12度なんて表示していましたが、新蕎麦の店へ食べに行きました。バイクで。
美味しかったですがとても寒かったです。
帰りの道ですっかり胃のなかの冷たさを思い出しもしましたが、それはそれ。
せっかく田舎の蕎麦屋が近くにある今年だったので、もう一回くらいは蕎麦を食べに行きたいですね。
iphoneをぶっ壊した話
ある日、海の方へ走りに行った。私はしがないバイク乗りである。
天気はまあまあ悪かったが、予報ではそんなに悪くない、雨も降らないか降っても小降りかくらいだと想定して、走った。
いざ海へ近づくと、非常に雨が降っている。
悲しいかな、土地勘が全くないのでスマホナビがないと一向に道が分からない。
幸にしてレインウェアは装備していたので、着込んで走り続ける。そのうち雨は止むだろう。
...結論から言って、雨は止まなかった。そして道もわからなかった。
土砂降りの中、荒れ狂う海を眺めながら走ること100キロ弱、最終的に高速道路の無料区間を突っ走って内陸に戻ってきた時はヘトヘトである。
私は大いに疲れていた。全くもってそれが免罪符になることはないのだが、疲れていて頭が回らず、何も考えずに土砂降りにふられた充電用ライトニング端子をiPhoneにぶっ刺してしまったのである。
まあ、スマホ、壊れるわなあ。
ほうほうのていで自宅に帰り、ふらふらとバイクを片付け、風呂に入り、スマホをみた私は愕然とする。
iphoneの右上が緑色に発光している。蛍光緑だ。
この時はまだ、ああ、ちょっとディスプレイの接触悪くしてしまったか。まあ、電源落として一晩放置すれば直るだろう、なんて思っていたのだが、翌朝、スマホを再起動してみると悪化している。
2、3日のうちに、画面は前面が発光またはホワイトアウト、機嫌が悪ければ黒いまま反応もしない。
完全アウトだった。
予想外の出費に血の涙を流しながら、私はdocomoショップに行き、新しいiphoneをお迎えしてきた。金銭的に余裕がなさすぎてseである。
もっとも、今回壊してしまったiphoneにしたって、一年ほど前にカメラをバイクの振動でぶっ壊してしまって写真がまともに撮れないなど、不具合塗れではあったので、買い替えは時間の問題であった。むしろもっと早く買い替えるべきであった。
今回の教訓である。
iphone SEで十分!だからちゃんと保険に入っておけ!
ああ、写真がちゃんと撮れて画面がちゃんと写るって素晴らしいなあ。
ポップコーンを食べたら前歯が欠けた話
去る金曜日のことである。
私は非常にご機嫌であった。
体調こそ悪かったものの、一週間を乗り切り、楽しみにしていた金曜ろーどしょーを前に、コンビニで調達した弁当と味噌汁に舌鼓を打ち、それはもうご機嫌であった。
食後のデザートに冷凍庫に入れてキンキンに冷やしておいたコカコーラの500ミリ缶をプシューと開け、ポップコーンの袋を開ける。
始まった映画は、何年ぶりに見たか思い出せないが非常に面白い。
最高であった。
この時までは。
映画も中盤の盛り上がりを見せた頃、ポップコーンをかじる口の中に不思議なジャリッと感を感じる。
まあ、ポップコーンの皮のところが固いのだろう、そう思って気にも留めない。
袋の中身を半分くらい食べ切ったところでポップコーンに飽き、袋の口を閉じて、口の中の油分をコーラで流す。
至福である。
満足げに口の中を舌で舐め渡す。
奥歯、挟まったポップコーンの皮が若干歯茎に刺さって痛い。舌で舐め続けたら外れた。
下の前歯、特に問題なし。
上の前歯。....上の前歯?何やら違和感があるぞ?
慌てて100均で買った安い手鏡で確認してみる。なんということか、ちょっとかけてるではあるまいか。
鏡でよく見ないと分からないような些細な欠けであるが、口の中はパニックである。
舌先にざらりと引っ掛かりがあるのだ。悲しい。
何が嬉しくてポップコーンで前歯がかけるというのだ。
なんて弱弱な歯なんだ。
やむなし、歯医者の予約を入れた。
歯医者さん、優しい人だといいなあ。
私がツナマヨお結びを2つ買う理由
突然であるが、コンビニのお結びで好きな具材はなんだろうか。
私は断然ツナマヨが好きである。
ツナは美味しい。マヨも美味しい。故にツナマヨは美味しい。
特にセブンイレブンのツナマヨお結びが好きで、と言うのも、海苔のパリッと感、ツナの汁けと米の固さ、すべてのバランスが私好みのパーフェクトツナマヨなのである。
このツナマヨお結びであるが、私は何か大変な用事がある日、ご飯を作るのがめんどくさい時などには2つ、買う。
お腹の容量的には2個が限界であるが、それでも2個ともツナマヨを買う。
私がこんな阿呆なことをするのは、単にツナマヨお結びだけでお腹を満たしたい、という浅い理由が全てではない。
振り返るのも苦々しい、それは去年の9月のこと。
私は住み慣れた大学近くのアパートを離れ、1人都内、池袋駅近くのホテルでインターンのため二週間ほどを過ごした。
普通のホテルなので朝飯夕飯ともに自力調達。
キッチンなどないのでコンビニか外食が続く毎日。
最初の頃は普段近所にはないようなチェーン店をあちこち回って楽しんだものであるが、インターンの日程が進むにつれ、忙しさと疲労でそれすらも億劫になった。
そんなある日の終業後、池袋駅からホテルまでの間にあるセブンで、買い物をする。
梅干しのお結び、ネギのインスタント味噌汁、お茶、朝ごはん用にサンドイッチ...そしてツナマヨお結びである。
疲労困憊でなんとか電子マネー決済でピロンと済ませた私は、どこかの訛りが入ったちょっと雑な日本語ーー他意はない、本当に雑にあざっしたーと言っていたーーの店員のおねーさんに見送られ、セブンを出た。
ホテルにつき、エレベーターで誰とも出会さなかったことに感謝し、部屋に帰り、服と靴を脱ぎ捨てる。
よっしゃツナマヨ!とコンビニで買った袋を開ける。
...
...
ツナマヨお結びだけない。
なんと、袋の下のほうに穴が開いているではないか!!!
21年生きた私であるが、まさかリアルにお結びをころりんしてしまうとは。しかもこのタイミングで。
なんてかわいそうな私のツナマヨお結び。きっとどこか道端で、一つころりんと佇んでいることだろう。何もなければ美味しく私がいただくはずだったものを。
茫然自失とした私は無心で他の食物を食い漁り、ばったりと倒れて寝た。
それ以来、お結びを2つ買い、特にこれといった他に食べたいものがないときには、私は2つともツナマヨお結びを選ぶようにしている。
もう二度とお結びころりんするようなことがなければそれでいいだけの話なのだが。
大きな段ボール箱の話
段ボール箱というのはとても素敵なものです。
大学生になって一人暮らしをするようになり、通販なんかでちょっと体積が大きめのものを買ったりすると、大きな段ボール箱の底にラップでぴっちり包装された状態で届いたりするのですが、ついつい中身を取り出した後の段ボール箱を片付けるのを億劫がってしまいます。
もし私に猫の一匹でもあれば、その子が中で丸くなってくれるのを今か今かと待ちわびることでしょうが、生憎と我が城、家賃4万のワンルームはペットは禁止ですし、もし飼ったとしても学生の身には余る大変さでしょうからこれは夢物語です。
嗚呼、いつか共に暮らしたい猫ちゃん...
とまあ、脱線はさておき、ふと私は思ったのです。
段ボールの中って居心地良さそうだな、と。
思い立ったが吉日、いざ尋常に参らん!と、届いたばかり、放置したてほやほやの段ボールに飛び込んでみます。
Ohh... なんと素敵な紙の匂い。昔から図書館で見つけた新書がまだ自分以外に開かれていないのを確認しては悦にいって紙の匂いを嗅いでいたものですが、段ボールというものもまた捨てがたい。
おまけにこのなんとも言えないフィット感。両手で両足をギュッと体育座りをして、そこから見渡すいつもの部屋はなんだか空間に距離があるように思えます。狭いって最高!
しばらくそうしていた私ですが、段ボールの中というもの、そのまま座っているには些か地面の硬さをダイレクトに味わせてくれるものでもあります。
それに、なんだか段ボールの中よりもベットのほうが柔らかくてあったかそうで、素敵な感じがします。
...
それから二週間ほど経ちましたが、その段ボールはまだたたまれずに部屋の片隅に鎮座しています。
たまに入る分にはとても素敵なものですからねえ、段ボール。